>>>Back

海外で表現活動をする人たちのフォーラム
《《Cloose Up》》  音楽家 秋山徹次さん
旅日記
Tetuzi AKIYAMA EUROPE TOUR MAY-JUNE 2003





●5月19日
都市:マルセイユ、フランス
企画:Concert de Voyage
会場:Café Julien
主催:A.M.I.

●5月22日

都市:メッス、フランス
会場:ソウルシィ大学
企画:Festival Music Action 2003

●5月23日
都市:リール、フランス
会場:La Malterie

●5月24日
都市:パリ、フランス
会場:アンスタンシャヴィレ

●5月28日
都市:ボルドー、フランス
会場:Le Central

●5月30日
都市:ヴァンドゥーヴル、フランス
会場:アンドレ・マルロー文化センター
(CCAM)


●6月1日
会場:CUBA
都市:ミュンスター, ドイツ

●6月3日
会場:WIM
   (Werkstatt für Improvisierte Musik)
都市:チューリッヒ、スイス


●6月5日
都市:トゥーロン、フランス
会場:Café Théâtre de la Port d'Italy



●6月6日
会場:CAVE12
都市:ジュネーヴ、スイス





5月18日(日) 東京発


5月19日(月) マルセイユ

 
 マルセイユへ。飛行機を降りバゲージクレイムへ出たらエルヴェが声をかけてきた。フリシェ(Fliché)という団体が借りているアパートの部屋へ。3つのベッドルームがあるが、客人は僕一人。ゼイタクに使う。
 
 いったん荷物を置いてフリシェへ。その中に今回呼んでくれたA.M.I.という団体の事務所がある。ディレクターはフェルディナン・リシャール (Ferdinand RICHARD)。同じ建物の中にカフェ、レストランがあり、サンドイッチとカフェオレを注文。フェルディナンが来てあいさつする。エルヴェのいる部屋へ行き、メールチェック。古池君から来ているが、日本語なので文字化けして読めず、英語での再送を、と返答する。A.M.I.スタッフ達と食事。ビール、ワインだけにする。事務所でエマニュエルからギャラの説明を受ける。演奏後セシリアが持ってきた書類に書き込んで230ユーロもらうことになる。

 ライブ会場へは15:00に行くのでアパートへ楽器etc.を取りに行く。エンジニアのステファンに用意してもらったフェンダー・ツインを使うことに。サウンドチェックの後、カメラマン/ミュージシャンのMAKIさんにフォトセッションに誘われる。彼は88.8でラジオをやっている。ラジオ局はフリシェの中にある。DATのアダプタを忘れたことに気付き、買いに行くが、月曜日は休みの店が多い。メインストリートを歩き、港まで出て写真を撮りつつ引き返す。ライブは曲を含め、4部構成で全部で30分ほど。

1: 12:11
2: 9:13 bourrage ~ impriu メドレー
3; 4:17 herio secularism
4: 6:20
Total 34:12

 CDが2枚売れる。地元の若いギタリストと話す。片付けてからフェルディナン、エルヴェと食事。クスクスを初めて食べる。カレーに似ている。外は雨。アパートに戻り、シャワーをあびてTVを見て寝る。


5月20日(火) マルセイユ
 
 ズボンが破けているのに気が付かず茶色のスラックスをはいてきてしまったため、布とアイロンで接着するテープを買う。ACアダプタも何とか手に入る。1000mアンペアで1.5~12Vまでの切り替えつき。逆にこれがあれば重たいトランスを持っていなくて済むのでエルヴェにあげる。

5月21日(水) マルセイユ→サンテチエンヌ

 サンテチエンヌ到着。ブルーノ(Bruno MEILLER)と息子さんのバプテストが待っていてくれた。車で息子を母親の所へ送り、山道をブルーノの家へ。とても大きな家だ。彼は息子と2人暮らし。今日は息子の部屋に泊まる。愛犬ティータイムもお出迎え、人懐こい。今はたまたまパトリックというブルーノの30年来の友人がしばらく前に壊れた壁を修理しに来て泊まっているので、3人で食事。えび、オリーブ、ツナ、ライス、ワインは地元の樽から直接入れたものらしく、一瓶(2L位)で2ユーロだという。ヤギのチーズを4種類くらい食べ、メールチェックして休む。ブルーノとセッションしようと思ったが、明日の朝にしよう。スラックスをマルセイユで買った接着テープで直そうとおもったが、裾上げ用ではやはりうまく行かず、ブルーノのズボンを一本借りることになった。

 ワインとビールを飲んで、寝る。

5月22日(木) サンテチエンヌ→メッス

 7:00にブルーノを起こしてパトリックを含めて3人で朝食。アルジェリアで地震があり、500人死んだとラジオで言っているらしい。

 ブルーノのオフィス兼スタジオでセッション、約1時間。

 しばらくしてブルーノと車に乗り込む。駅へ。まずリヨンまで行って、乗り換えてメッスまで4時間半ほど。ジャン=フィリップが駅まで迎えに来ていた。会場へ行く途中のメッスの景色は素晴らしい。

 さて会場(*Festival Music Action 2003)はメッスのソウルシィ大学の中の講堂みたいになっているところ。今回ファブリス君は2人いて、一人はコンサートの手続きをする人、もう一人はメタムキンから来て会場でCDを売りグルノーブルでLIVEを演ることになるファブリス。こっちはスコットに似ている。ダン・ウォーブルトン(Dan WARBURTON)とあいさつ。体格が良くオモシロイイギリス人という感じ。マンチェスター出身だがここ15年はパリに住んでいて、WireやS/Nに寄稿している。S/Nで以前「Relator」のレビューを書いてもらった。パリから来たほうのティエリーにも会う。ブレットに似ている。彼は「Relator」をとても気に入ってくれているみたいだ。

 知らなかったのだが、今井和雄さん、斎藤徹さん、沢井一恵さん、ル・クァン・ニン (Lê Quan Ninh)、ミッシェル・ドネダ (Michel DONEDA) の5人もトリを演るので来ている。 ル・クァン・ニンのようなセットが組まれているのでフシギに思ったが、やはり彼だった。サウンドチェックが終わった頃、今井さんたちが来る。

 ホールでは、ワークショップなのか、集団即興演奏をやっている。TVの取材が来ていた。それも終わってしばらくしてライブをやる。僕が最初に30分ほど、お客さんは静かに聴いてくれた。次はブルーノとダンのデュオ、そして僕が加わったトリオを20分くらい。

 最後に沢井さんたち5人の演奏。別室に用意された食事をして、今井さん、斎藤さんに別れを告げる。ミッシェル・アンリッツィ (Michel HENRITZI、今回の一連のツアーをコーディネートしたメインオーガナイザーである)の家にジャン=フィリップの車で到着、シャワーはあびずにすぐ寝た。


5月23日(金) メッス→リール

 偶然にもダンも同じ列車でパリにもどるというので3時間ほど列車で会話。CDをもらう。TGVでリールへ向かう。1時間程で無事到着。少し迷ったがHotel La Franceに到着。ヤニックが4:15に迎えに来るのにもう3:50だ。急いで汗をかいた服を着替え、洗濯しているとフロントからTEL、ヤニックが来て待っているので降りていく。

 車でLa Malterieへ。天井が低いのはビールのモルトを乾燥させていた場所だったからだそうだ。でも響きはいい。セッティングする。アンプなしでD.I.~PAへ直接送る。

 エンジニアはパトリスでてきぱきとこちらの言うことを聞いて動いてくれる。信頼できそう。
楽屋で日記を書いていると、オープニングアクトのシアター的な音楽が聞こえてくる。これは3人の作曲家それぞれがエレクトロ・アコースティック作品を演奏前にかけるシリーズの一環らしい。さて、これが終わりヤニックが呼びに来る。ブレイクを少し挟み、9:50過ぎから演奏をする。

 細かく4部ほどに分け、集中した演奏ができた。お客さんにアンコールの拍手をもらい、開放弦を中心とした演奏をする。31人ほどの入りだったらしい。ヤニックにも「Relator」「International / Domestic」を2枚で10ユーロで売ったが、お客さんにはトータルで4枚売れる。雑誌のレビューを書いている若い人もいた。ミッシェルとも知り合いらしい。お客さんも引け、片付けた後でテーブルを出してスパゲティと白ワイン、バゲットでスタッフと食事。ヤニックにホテルまで送ってもらい、彼と別れを告げる。


5月24日(土) リール→パリ

 今日はパリにもどる日。列車は12時頃。シャワーを浴びて日記を書きながらメッスのテープを聞く。25分程だったがまぁまぁか。ちょっと緊張感に欠けていたかもしれない。昨日のリールでの演奏のテープのうち1曲だけ聞く。こっちの方がいいか。

 ホテル周りを朝食のために散歩。広場で軍楽隊のブラスバンドが何かの儀式の演奏をしている。ホテルの近くのフィギュア屋のガチャポンでバービー人形用のハンドバックが当たる。

 フロント横のロビーでヤニックを待つ。Beckの”Loser”が流れている。レセプションの人と少し話す。しばらくしてヤニックが小さい息子を連れて車で登場。

 彼も言っていたがブリュッセルまで20kmだし、リール自体イギリス、フランス、ベルギー、オランダetc.いろいろな国に併合されてきたのでベルギーの文化に近いのかもしれない。言葉は同じだがアクセントがゼンゼン違うらしい。さて、駅の近くに車をとめ、8番線のパリ北駅行きに乗り込み、彼と彼の小さい息子さんに別れを告げる。列車の中で日記を書く。

 パリ北駅に到着、パトリックが出迎えてくれる。彼は去年の10月、吉祥寺でのErstwhile Fesの時や三軒茶屋グレープフルーツムーンでの7guitarsのコンサートでも会った。タクシーで彼のアパートに。途中、エッフェル塔や凱旋門が見える。アパートはきれいで広く上品な雰囲気だ。サウンドチェックは6:00ごろなのでまだ時間の余裕がある。ビンボタワー(*パリにある日本のサブカル系に強いレコードショップ)に寄ってフランクと挨拶。「ブギー」の雑誌広告のことを聞かれた。

 店を後にし、会場のアンスタンシャビレへ。響きがあっていいところだ。ジョン(John BUTCHER)やトーマス(Thomas LEHN)たちはまだ来てないらしい。スタッフの人たちと挨拶し、サウンドチェック。

 アンプを使うことに。インプットが一つしかないので、Vol.ペダルのインとアウトを逆にして、ミキサーとして使う。しばらくしてジョン達が到着。トーマスとアンディ(Andy Moor, The Ex)とも挨拶をする。しばらくしてフェルナンドともあいさつ。外を一周回り、アンディと少し話す。彼らのリハーサルが終わり、台を出して食事タイム。肉じゃが、いんげん、チーズ、ワイン、etc.さて、食事が終わりしばらくしてお客さんが入ってくる。売る分のCDを預けた。ダン(Dan WARBURTON)と奥さんのマリー、さっきビンボタワーでアヤコレットのフライヤーをもらったが、それを作った藤本さんも来たのであいさつ。会場では映画をやっている。

 さて演奏だ。一曲目は集中したが、途中から集中力が欠けたかもしれぬ。ダンやトーマスは良かったと言ってくれた。しばらく間をおき、ジョン・ブッチャー(sax)、とトーマス・レーン(アナログシンセ)、アンディのトリオ、長かったがまぁまぁだった。

 片付けて藤本さんの友達でシカゴ在住のセキコウタロウさんと話す。アヤコレットのライブにゲストで入るそうだ。ギター、コントラバス、ラップトップをやるらしい。アヤコレットとやるときはラップトップをやるそうだ。

 少し疲れたのでパトリックと共に帰ることに。みんなにあいさつし、ライブ会場を後にする。Porte de Nationalまで歩き、タクシーを拾う。アパートについてパトリックと話していたが、眠たくなったので寝ることにした。


5月25日(日) パリ
 
 フリーマーケットに行きたいと言っていたので、連れて行ってくれることになった。バスに乗る。最初に行ったフリーマーケットはあまりおもしろくなく、パトリックが予告を見つけたアンティーク系のフリーマーケットに行くことに。メトロで乗り換えつつ到着。蓄音機や古い家具、ハーディガーディなどもあった。シドニー・ベシェ(Sydney BECHÉ)のEPを買ってもらった。

 カフェで一休みして日曜日も空いているアパート近くのマートへ行きジャガイモを買い部屋に戻る。今日はパトリックが料理を作ってくれる。藤本さんを食事に招待することに。パトリックの日本の尺八と三味線、琴のレコードを聴きながら少し話す。ジャガイモを煮たものの他にスパゲティの食事。ワインも出る。藤本さんにズボンを縫ってもらう。お返しに「Meeting at Off Site Vol.2」「Résophonie」をあげる。リールのガチャガチャで買ったバービー人形のハンドバックもあげた。23:30頃まで話して彼女は帰った。メールチェックしてパトリックと話す。しばらくして寝る。


5月26日(月) パリ

 「Wire」のシュテファン・バショー・ユンガンス(Stefan BASHO-JUNGHANS)とエディ・プレヴォー(Eddie PRÉVOST)のインタビューを読む。メールチェック。エアハルト(Erhard, HIRT、ミュンスターのオーガナイザー。ギタリスト)が列車メッス-ミュンスターの時刻に関して情報を送ってきた。それに基づいて調べてみていい列車が見つかったが昼過ぎにパトリックと出かけたときに寄ったSNCFのオフィスでは買えず少し早い列車を予約。

 パトリックが8:00にBourseにあるレストランを予約してくれた。Bourseとは証券取引所のことで経済の中心、レストランはVaudelilleという。トッシー(中村としまる)と12月に来たらしい。その時は冬なので中で食べたらしいが今はオープンの外で食べる。パトリックのおごりだ。

 最初にパンが来て次はカシスと白ワインのミックス、カキ6つの後、肉とイモと野菜、デザートにティラミス他数種類とコーヒー、煙草をパトリックに巻いてもらって3つ吸ってしまった。あとで咳がとまらなくなる。日本とフランスの文化の違いについて花を咲かせ、Line9(メトロの路線)の駅Richelieu Drouotまで歩き、メトロへ。


5月27日(火) パリ

 今日はパトリックがナンシーに行ってしまうのでカギを預からなくてはならない。日曜日の段階で説明してもらったが、上の階の人がいればその人に、いなければエントランスにあるその人のポストに入れておく約束になっている。一緒に家を出て地下鉄の途中で別れた。こちらはビンボタワーへ向かう。フランクともう一人がいた。

 「歩行」と2枚、16ユーロで買い取ってもらい、こちらはEP4枚とCDを2枚くらい買った。フランクが彼のバンド、ドラジビュスのLP等を2枚くれた。16時くらいまでいたが、途中、日本人の女の人と赤ちゃん、フランス人の夫の組み合わせの人達が来たので少し話す。のどが痛いのでフランクに薬屋に見せるためのカードを書いてもらい、駅へ行く途中で購入、とりあえずピガールの楽器屋へ向かう。

 楽器屋通りを往復した結果買ったのはクリーム色のドッグイヤーP-90用カヴァー(フロント、リア)(6ユーロ)あとデュガンの木のピック3枚(7ユーロ×3=21ユーロ)。この後フランクに教えてもらったもう一軒のレコード屋を探すが見つからず、インターネットできる場所があったので入る。17:30くらいから20:30くらいまでいて13ユーロ、藤本さんからメールが来ていて、イエナの近くのパレ・ド・トウキョウがオススメということで行ってみることに。軽食ができそうなので、風邪の具合も悪くなってきているし、ビタミンを採ったほうがいいと思って、トマトジュース、果物入りサラダ、トマト入りサンドイッチetc.食べる。買った薬はドロップ式のものでなめてとかしてノドのためになるものだった。一日に6粒までいいらしい。せっかくなのでエッフェル塔に行ってみる。メトロの駅からマルセル・サンバに戻るが風邪の症状がどんどん悪くなる。パトリックと行った近くの乾物屋でパスタの缶詰とパンを買う。ガスの元栓を消してしまい、元に戻らなくなりシャワーは断念。調子を取り戻すためには睡眠が一番いいと思いとにかく寝た。


5月28日(水) パリ→ボルドー

 今日はボルドーへ出発する日。

 ベルの音がして出てみると男の人が2人、何をしゃべっているかよくわからないが、家の中の何かの点検みたいなので中に入れる、10分ほどで帰る。13:10モンパルナス発なので、12:00前に出る。上の人がいないので、封筒に入れたカギをポストに入れる。スーツケースの調子もキャスターがだめになってきているので重い。風邪の症状もまだよくない。今夜のライブまでには良くしておきたい。どうにかこうにか駅に着き、無事列車に乗り込む。ホームの一番端、しかも20両もあった。移動時間は3時間なので、とにかくカラダを休める。さてボルドーに到着。

 ヤンが迎えにきてくれていた。バスに乗って会場へ。途中、タンザニアから帰って来たばかりの彼の友人(ジュリアン)と会う。

 さて、本日の会場、ル・サントラル(Le Central)は街の中心地にあった。手前に客の入るスペースとステージ、奥にオフィス、そのまた奥に中庭、その下には洞穴というか、かつてはワインの蔵だったところをスタジオに改造してあるところがあり、ドラムもおいてある。荷物を置いてヤンに薬局に連れて行ってもらい、鼻用スプレーと水に溶かして飲む粉薬を購入。

 さて、ル・サントラルに戻りメールチェック、対バンの(といってもソロだが)セバスチアンCirotean君ともあいさつ。

 スタッフにもジュリアンという人がいて、ル・サントラルはその人が中心なのか?もう一人の体の大きな人がいて、P.A.等のセッティングをしてくれた。セバスチアンがセッティングをして、こちらもその横でセッティング。P.A.を伴うことに。ギターアンプを2台も用意してくれたが申し訳ない、セッティングして会場の周りを一周。食事の用意ができたのでみんなで食事、ヤンは後から来た。ヤンたちのオーガニゼーションはル・サントラルとは別の活動をしているらしい。料理の名前はわからないが、肉に赤いソースがかかったもので、オーブンで焼いてある、あとはパンとチーズ、ワイン。

 22:00くらいからセバスチアンが演奏、スタッフと客あわせて15人くらいか、キーボードとコンタクトマイクをつけたマウンテンバンジョー、シンセも使う。トランペットが中心と思ったが、吹いていたのか記憶に残っていない。さて彼の演奏が終わり少し休憩を入れ出番だ。DATの時計では44分くらいか。いくつかのパートに別れているものの、全体としては一曲として演奏、終わってから女の人に一枚CDが売れる。12ユーロの小切手を切ってくれたがヤンの名前で切ってもらい彼から12ユーロ+ギャラ30ユーロもらう。同じオーガニゼーションのエリックのところに泊まるので、みんなに挨拶してエリックのところへ。メールチェックをさせてもらうとポールからロンドンでタイヘン面倒な状態になっているとメールが入る。とりあえず返事をする。3:30ごろ寝る。


5月29日(木) ボルドー
 
 エリックに町の案内をしてもらう。とても暑い日だ。教会をいくつか見てそのうちの一つに入ってみる。中はとてもひんやりとしている。壮厳な感じは確かに漂っている。今日はキリスト昇天祭だとかで商店などは閉まっている。グラン・テアトル、広場などを見てエリックの友人のアパートへ。

 そのアパートの1Fには2回も火事に遭ったレストランがあり、その2回目は数日前だったそうで黒焦げになっていた。部屋になぜか迷い込んだサソリを見せてもらう。もう一人の友人も車で来てビーチへ。50kmほどなので1時間弱で到着。ル・ポージュというビーチだ。18:00前といってもまだまだ太陽は高く快晴。ヌードの人も大勢いる。とにかく横になって時間を過ごす。20:00過ぎまでいたが車に戻り、店でジュースなどを買って飲む。帰りの車中では咳がとまらなかった。エリックのアパート近くに車を止め、ピザ屋でピザを注文、4人で食べる。友人達とは別れアパートへ。メールチェックしてエリックと少し話すが疲れていたのでシャワーを浴びずに寝る。結局リールを発つ日に浴びて以来浴びていない。


5月30日(金) ボルドー→ナンシー→メッス

 シャワーをやっと浴びる。シャワーを終えるとエリックが起きていたのであいさつ。ヤンから昨日TEL があり、12:00過ぎに来るとのこと。

 ヤンは12:30ごろ到着、3人で食事。そして駅までバスに乗り到着、途中彼らにスーツケースやギターを持ってもらってとても助かる。エリックはとてもクールだ。ヤンもとても楽しい人だ。またぜひ会ってみたい。列車は14:15なので少し余裕がある。7UPを買うとポテトチップの小さい袋をくれた。

 さて彼らに別れを告げとりあえずパリ・モンパルナスへ。モンパルナスから東駅はメトロで11駅くらいだがスーツケースがだんだんキャスターの具合が悪くなってきてますます重くなっている。東駅には18:00ごろ到着。アイスティーのボトルを買って列車に乗り込む。少しすいている。車中たまっていた日記をつけて、ナンシーに到着。駅ではクリストフが迎えに来てくれていた。列車は10分程遅れたので急いでいるようだが車にはリー・ラナルドと(たぶん)ウルリッヒ・クリーガー(Ulrich KRIGER)が待っている。ウルリッヒと挨拶し、車に乗り込む。リーと挨拶。

 ヴァンドゥーヴルのアンドレ・マルロー文化センター (CCAM)に到着。中に入ってミッシェル(Michel HENRITZI)、ティエリー(*ミッシェルのバンド、ダストブリーダーズのメンバー)、パトリック(*パリで泊めてくれた人)とも再会。続いてアラン(Alan LICHT)、ティム(Tim BURNES)とも再会。アランとティムは明日ローザンヌでライブがあり、日曜にまたここへ戻ってくるらしい。バッヂをもらい階下の会場へ。ここは団地街でその中にカルチャーセンターがあり、ここでもう20日のうち15日くらいは開催しているらしい。ケヴィン・ドラム(Kevin DRUMM)とエリックM(Erick M)のデュオ。金属的なドローンを中心としているがそんなにこれといった目新しさはない、ミッシェルもつまらなかったといっていた。休憩時間にビールを飲む。アラン、ミッシェルと話す。次はティム・バーンズ、ジム・オルーク(Jim O'ROURKE)、イクエ・モリ(Ikue MORI)さんのトリオ。ティムはいつものドラムセットと少し激しい動き、いわゆるフリージャズ的ドラミング、ジムはシンセの様なものか?イクエさんはラップトップ、ジムとイクエさんの音の区別はつく。約45分位。それなりに盛り上がり、アンコールも。

 終了後、ティエリーの運転するミッシェルの車で最高時は160kmのスピードを出しながらメッスへ。1時間弱で到着。すぐ寝ることになる。


5月31日(土) メッス

 CDを聴いたり、ミッシェルが日本で買ったけど日本語しか書かれていないので彼がわからないCDの説明をする。アコースティックギターのコンピでヘンリー・カイザー (Henry KAISER)が編集したものにシュテファン・バショーが入っているので聴いてみる。

 2時すぎ、カトリーヌ(ミッシェルの彼女)とミッシェルと共にベランダのテーブルでツナスパゲティとチーズ、ワインの昼食。下の庭にはミッシェルのおじさんがいた。庭の横の道を抜け、公園を通り抜けるとイヴ(*ダストブリーダーズのメンバー)のフラットへの道へ出る。前に記憶していた植物園は実はミッシェルの家から見えたものだった。とても近くに2人は住んでいる。
 イヴの息子がドアを開けてくれ、中庭で彼と再会。ビールを飲みつつしばし歓談。しばらくして家の中へ「Don DIETRICH」のLPを聴く。上の人から苦情の音がする。公園を通りまたミッシェルのアパートへ。JAシーザーについて話す。夜は車でティエリーたちとクスクスレストランで合流。おごってもらう。漢字をいろいろ説明。この後、ティエリーの家で和むことになっていたのでミッシェル、カトリーヌと車で移動。しかししばらくしてティエリーたちが来ないので心配して戻ってみると車が故障していてボンネットまで開けている。来るときにも既に変な音がしていたらしい。彼らを乗せティエリーのフラットに。ここには初めて来た。煎茶をもらい歓談。

 「Résophonie」に日本語でサインをする。モンクス (MONKS) のテープをティエリーがかけ、しばらくモンクスの話をしていると、1966年のカバーのみのEP4曲入りをくれた。65年のLPはそんなにヒットしなかったのでその後彼らが仕方なく録音したものらしい。


6月1日(日) メッス → ミュンスター

 リュクサンブールまでは自由席の列車、リュクサンブールからはコンパートメント方式だ。日記をつける。途中ボンの前でライン川らしき川を見る。ケルン(大聖堂とライン川)、デュッセルドルフを通り抜ける。到着は少し遅れる。駅ではエアハルトがかなりラフな格好で待っていた。アロハにサンダル履き、ここもとても暑いので仕方がない。










 とりあえずCUBAに行くことに。ここでは地元のカルチャーセンターとして機能しているようだ。エアハルトはここのホールの総務担当だろうか。ジェイソン(Jason KAHN)から電話があり、エアハルトが迎えに行き、ジェイソンと再会。まだ4:00だがセッティングを開始する。

 備え付けのマイクで録音はしてくれるようだ。ビデオカメラで撮影しインターネットでストリームするらしい。ギターはDIを通してPAに。ひと通り終わり、駅近くのケバブ屋でくつろぐ。ジェイソンと2人で駅へ行き、ミュンスター=チューリッヒ間のチケット購入を手伝ってもらう。100ユーロ以上した。CUBAへ戻り、屋上カフェでくつろぐ。ホールの採光をしているピラミッド型の窓がとなりに見える。さて時間だ。客は4人。40~50分くらいの演奏。ギターの出す音をジェイソンのフロアタムのマイクが拾ってしまうのが少しやりづらかったが、全体としては楽しめた。

 さて、お客さんのうち2人は新聞などで見てどこからか来たみたいで、一人は近所の人らしい。普段はCD を買ったりするらしいが今回は売れず、片付けてバスでエアハルトの家へ。まだ明るい。奥さんと妹さんにあいさつ。泊まる部屋に荷物を運ぶ。ロフトベッド付。広い家だ。近所のレストランで食事。ビールとジャーマンソーセージとポテト。23時を過ぎると外へ出したテーブルは騒音を出すので片付けるが中に入るか帰るかしなくてはいけない。帰ってワインを飲みながら3人で会話。


6月2日(月) ミュンスター→チューリッヒ

 チューリッヒへ到着、トラムに乗り5分程で前にも来たことのある、ジェイソンたちが住むアパートへ到着。彼の娘のミラの部屋に今回は泊まる。荷物を置き、2F(こちらでは1F)のダイニングでマーガリーとアニータと話す。後でわかったことだがマーガリーは前にも会っている。彼女もなんとなく覚えていたみたいだ。地下の洗濯機へ。溜まっていた洗濯物を全部放り込む。地下には前に来たときは知らなかったがライブもできる(実際、前にここでやっていたらしい)スタジオ用の空間がある、何日か前にギュンター(Günter MÜLLER)とここでレコーディングしたらしい。セッティングしてレコーディングへ。ギターのヒス(ノイズ)やパワーブックのクリック音が気になるがとりあえず録音。


6月3日(火) チューリッヒ

 地下でまたレコーディング、今度はギターは生音でやることに。Macのクリック音が気になるので、最後はDATだけで、新しいチューニングで弦も張り替え、録音。

 全体ではどんなものができたかわからないが、ジェイソンが編集し送ってくれるのを待とう。その後ベンジャミン・グリーン(Benjamin GREEN, Resonance FM)に送る「…as…」のコンピレーションのため10分ほど録音。あとでポルトガルに送るCDRなどともにジェイソンに郵便局へ行ってもらってSound 323宛に送ってもらう。後で、ロンドンで受け取ることになるだろう。

 会場へは歩いて15~20分ほど。エンジニアの人や、クリスチャン(ベースプレーヤー、ライブオーガナイザー)達と会う。サウンドチェックの途中ノルベルト(Norbert MÖSLANG, Voice Crackのメンバー)が来てあいさつ、彼はメールをくれていた、エレクトロニックミュージック/AVTに関する展示のインヴィテーションをもらっていた。

 さて今回はWIM(Werkstatt für Improvisierte Musik, 即興音楽ワークショップ)にとって25周年記念らしい。しかも毎週やっているらしい。となりの部屋でパーティが始まっていて、多数来ている。ワインとビールを飲んでライブのスタートを待つが、20:00過ぎてもパーティは続き、20:40くらいからデュオを演奏、40分くらい。お客さんはとても静かに聴いていてくれた。しばらくブレイクが入り、2組目の演奏、ドラムの人は素手で叩いたりして、ドラムの生音を生かしていた。ターンテーブルはノイズとかもやる人らしいが、サンプラーなども使い、普通といえば普通だった。コンサートではお客さんにCD4枚、クリスチャンも4枚くらいと安く(30ユーロ?)で売った。ギャラは一人120ユーロくらいもらえるらしい。演奏前に飲みすぎたのか少し疲れた。

 会場ではドイツ人の女の人と結婚してチューリッヒに住んでいる日本人の鈴木タツトさんと話す。彼は音楽家ではないらしい。あと偶然だが前にスーパーデラックスでオーガナイズしたことがあるサーデット・ターコス(Saadet TÜRKÖZ)が見に来ていた。あとヴィオラ奏者のシャルロッテ・ハグとも話す。としまるさんとも知り合いらしい。ジェイソンは彼女のプレイは面白くないと言っていたがCDRをあげたので、後でメールをくれ、CDを送ってくれることになった。荷物をまとめ、ジェイソンとアパートへ戻る。ミラは自分の部屋で寝ているのでマーガリーの部屋で寝ることになった。


6月4日(水) チューリッヒ→ジュネーヴ
 
 6:00くらいに目がさめる。チューリッヒもそうだがヨーロッパでは鳥の鳴き声がどこでも聴こえる。CDをRec Rec、カーボン(どちらもチューリッヒのレコード屋)に売るためジェイソン、ミラと出かける。今日も暑い。

 Rec Recに行く。今はこの店は実験的なものだけでなく全ジャンルを扱うことと時期も悪かったのだろうが買ってもらえなかった。カーボンでは女の人が店主で4枚買ってくれた。1枚あたり18フラン、全部で72フラン。

 さて、アパートに戻りジェイソンがスーパーで買ったイモとモチの中間のような食べ物を調理してくれた。あとサラダを少し、しばらく昼寝をして出発に備える。16:34の列車に乗るためジェイソン、ミラとトラムに乗り駅へ。ジェイソンに自動券売機でチケットを買ってもらい、ホームへ。ミラにも別れを告げ、列車に乗り込む。3時間の間にベルン、フライブルグ、ローザンヌに停まり、ジュネーヴに到着。シクスト(Fernando SIXTO、ジュネーヴのオーガナイザー)が迎えに来てくれた。タクシーでCAVE12のあるアパート群へ。彼らのチームはみんなここに住んでいて、チーム以外の人も含めると65人は住んでいるらしい。ジェイソンのところが25人だったから(全員には会わなかったが)その3倍は人がいる計算になる。若いイヴァンとディオニとあいさつ、ディオニはANNLEE名義でCAVE12のコンサートのADメールをくれた人だ。食事を作ってくれたのはレティシア、あとガブリエラと会う。

 庭に出てコーヒーとチョコレートケーキ。日本語の話になる。しばらくしてディオニがMD レコーダーとマイクを持ってきてオフサイトやONKYOシーンについてのインタビュー。CDの説明をする。

 ディオニがここ数日ジュネーヴの街中で撮った写真のデータを見せてくれた。G8が開催されていたのであらゆる商店、銀行など町の中心部の建物の1~2F部分や窓がコンパネなどでふさがれていた。それらの写真を見ながら彼が説明するには、この期間、警察は何もしないのに暴力をふるってきたりして昨日もシクストがぶたれたとかぶたれそうになったという。

 泊まる部屋は2F(ここでいう1F)で、階段のところで左右に別れているうち向かって右側のほうのドアのほうの中の部屋の一つに泊まることに。この階のこちら側には男の人と女の人が一人ずついる。中部屋にはダイニングキッチンにはピアノがありラジオを大きな音で流しっぱなしにしている。
 部屋で日記を書こうとおもったが疲れていたので寝た。バスルームはゴージャズな感じのルックスなのであとで写真に撮ろうとおもう。


6月5日(木) ジュネーヴ→トゥーロン


 飛行機は12:55なので11:00にタクシーを呼んでもらい空港まで直接タクシーで行くことになった。彼らは笑顔で「がんばってきてね!」と送り出してくれた。なんだかありがたい。

 空港ではとりあえず受付を済ませ、ロビーで待つが一向にボーディングする気配がない。結局3時間待つことになる。ダンからもらったテレフォンカードでニースの空港に迎えに来てくれるクリスチャンに電話して待っていてもらう。やっと乗り込み1時間ほどでニースに到着、17:00ごろだった。クリスチャンにバゲッジクレームに来た、と電話する。ヤニックというアシスタントが出る。その後何度か電話をしてやっとヤニックと会う。彼もミュージシャンでフィールドレコーディングに最近は関心があり、そういった作品を作っているらしい。さて、クリスチャンともあいさつ。車でトゥーロンへ向かう。

 さてトゥーロンのライブ会場は石橋の下というか中というか、カフェシアターのようなところで到着したのは19:00ごろ、すぐにサウンドチェック、彼らが用意したヤマハのスピーカーと頭上に左右にあるPAと比べ、PAをメインにヤマハとモニターのすることに。ベリンガーのミキサーも借りた。サウンドチェックが終わるころにはお客さんもちらほらと来始めた。

 20:00から公演という予定だったが20:40くらいからやることに。待ちきれず帰った人もいた。はじめ20人くらいいたお客さんは1時間の演奏の後8人くらいに減っていた。今日はフリーコンサートということで、お客さんも軽い気持ちで入ってきて軽い気持ちで出て行ったのだろうか。今までのソロ演奏の経験から1時間はこのスタイルでやるには長いと思ったが、曲をはさみつつなんとかやってみた。クリスチャンは別に45分くらいでもいいと言っていたが、ひとつ挑戦のつもりもあった。結果的にはあまりうまくいかなかったが、即興部分と曲の部分の配分その他いろいろアンバランスなところがあったと思う。クリスチャンとヤニックはとても良かったと言ってくれたのでありがたかった。

 さて、演奏終了後、何人かのお客さんと話す。CDは1枚売れ、ヤニックが2枚買ってくれた。荷物を片付けエンジニアの人にも別れを告げ食事へ。ハーバーの横のレストランが並ぶところへ。クリスチャンの知り合いが食事をしていたところはもうラストオーダーを過ぎていたので、その隣の店へ。サラダ、ビール、パンなどで最後はクレームブリュレで締める。日本に行ったことのあるクリスチャンと日本のこととかを話す。ヤニックもとても興味を持っているみたいだ。SAWAKOさんと何かのプロジェクトで音楽のデータ交換などをするかもしれないと行きの車で言っていたのでデジタルカメラに録画されていた彼女のオフサイトでの写真を見せた。


6月6日(金) トゥーロン→ジュネーヴ
 
 8:30ごろ起床。シャワーを浴びる。クリスチャンに電話して11:00ごろ迎えに来てくれるように頼む。10:00ごろから1時間ほどグラースの市街を探索。グラースは香水で有名な町で、迷路のように入りくんだ路地に香水屋が並ぶ。朝から暑く、途中で水を買う。

 11:00ちょうどくらいだがまだクリスチャンは来ていない。部屋で荷物をまとめてロビーに行くと彼が会計を済ませていた。昨日実家に国際電話をかけた分を払っておこうと思っていたのだが、忘れていて彼に払わせてしまった。

 ホテルは割と高台にあったのだが、彼の家はもう少し上の方にある。むかしホテルだったらしいが、彼が部屋と部屋の間にあった壁をぶち壊して広い部屋に改装したらしい。とにかく見晴らしの良い所だった。家に入り、奥さんとあいさつ。夫婦で日本に来ていたらしく、渋谷あたりにいたのか、その辺のことがとても詳しい。クリスチャンは、東急ハンズがお気に入りだという。長くかけ彼は古いホテルを買い取り、壁を壊し、ペンキを塗り、といろいろDIY仕事をやったのだろう。途中で疲れて作業が止まっているところもあるらしいが、いい家だ。奥さんに緑茶、オレンジジュースをもらう。CDを少し聴いて、メールチェックをさせてもらい、くつろぐ。飛行機は14:25なので40分前の13:45には空港へ行かなければならないが、ここからは30分くらいなので、12:30頃出る。彼の家の裏庭には竹林があった。

 さて、13:10ごろ到着して、別れを告げ、eazy Jetカウンターに。今度はギターはオーバーサイズラゲージに預けることに。今回は遅れずにと思ったが結果として1時間遅れでジュネーヴに戻る。

 シクストが来てくれているのかどうか心配だったが彼は待っていてくれた。自分ひとりでも帰れると思ったが、彼がいてくれてよかった。本当にいい人だ。タクシーでRhino(スクワットのアパートの名前)へ戻る。

 Rhinoではレティシア、イヴァン、ディオニがまたもや歓迎してくれてありがたい。少し空腹だと言ったら食事を作ってくれた。後でライブ前に皆でテーブルを囲むことになるのだが、その前に少し食べておきたかった。

 6時すぎにシクストが来てCAVE12でサウンドチェック、エンジニアはアドリアン。彼もコントラバスとヴォイスをやるらしい。The Twinがあったので今回はそれを使うことに。けっこう時間をかけて音作りをした。サウンドチェック中、ディオニがデジカメで写真と少し音を録音していた。

 さて、Rhinoの中庭で食事、マリアンヌが作ってくれた料理を食べる。食事の前にヴァニアと話したところでは、彼女のおじさんは日本人だったらしい。ブラジルでルーツ探しをしたことがあるみたいで、電話帳でミヤザキという家を探して電話して名前を知っている人を探したりしたらしい。あと日本人のマサキさんが来た。彼は前回のマングースのコンサート(2000年)の時も来てくれたらしい、が、記憶になく失礼した。久々に日本語で会話をする。彼はこちらで映画を専攻しているらしい。

 ライブは21:30からなので、ビールを飲みつつマサキさんと話す。21:45くらいから演奏開始。45分くらいトゥーロンの時のように曲を混ぜながらやったら前より時間配分的な意味でうまくいった。出だしはチューリッヒのジェイソンとのセッションのときに考えたチューニングで、これは曲として生かせる。

 演奏前よりお客さんが増えていた。始めてから少ししてきた人もいたらしい。一人だけ5分くらい聴いて帰った女性の客もいたとシクストは言っていた。さて、バーでお客さんといろいろしゃべり、おおむね良かったと言ってもらえてよかった。シクストやマサキさん、その他いろいろな人と話す。2:00か3:00にRhinoへ戻り、寝る。


6月7日(土) ジュネーヴ


 さて、今日は一日オフということで、シクスト、アドリアンとともにヌーシャテルの方の山の中へ行くことになった。車で2時間くらい、山の中の教会風の建物にジャンが住んでいる。その他昨日ライブにきてくれていた人も何人かいた。あと子どもも5人くらいいてシクストも驚いていた。彼もここへは初めて来たらしい。

 シクストと少し散策に出る。歩きながら彼といろいろ話をしていてとても彼のメンタリティを身近に感じた。今回は本当にいろいろ気をつかってくれて感謝している。レティシアも言っていたが前回来たときは彼は一人ですべてオーガナイズしていたのでRhinoのチームが手伝ってくれるようになって彼にとってもよかったし、Rhinoチームも楽しんでオーガナイズしてくれているので端で見ていてもとても気持ちいい。彼らはシクストをリーダーとしてしたっているのでチームワークも最高だ。

 さて散歩から戻ってもまだ何も起こらず、しばらく家の中で休み、一人で別の方向へ探索に。戻ってチェスやSCARAGLEという言葉(スペリング)ゲームに興じている子どもたちを観察。しばらくしてやっと料理にとっかかりはじめた。テーブルを囲むころにはとっくに暗くなっていて、たぶん22:30くらいだろう。ジャンは去年までこちらで長年ライブのキュレイターをやっていたらしく、その功績を称えて自転車を贈られていた。

 食事中はポーランド人女性とスイス人のカップルetc.と話す。さて時間も遅くなってきた。アドリアンはワインを飲んで酔っているので運転は大丈夫かなと思っていたら、女性が二人と男性が一人ジュネーヴへ戻るというので、彼らと共に帰った。Rhinoでシクストにあいさつし、お礼をいう。


6月8日(日) ジュネーヴ

 チームに別れを告げ、ジュネーヴ駅へ。フランスは国外になるので7・8番ホームから。その前にPOLICEを通過しなくてはならない。両替でスイスフランを円にかえる。

 さて、列車出発の30分前にはPOLICEの扉が開くはずなのに10:00を過ぎても一向に開く気配がない。耳をそばだててフランス語のアナウンスを聞いても遅れているというくらいしかわからず、フランスSNCFのストの影響を受けるTGVやローカル線などは待合室の外に番号が張り出されていたが、自分が乗る番号はないので遅れていても出るだろうと思っていたが、あまりに遅く周りの人に尋ねてもわからないみたいなので、荷物をおいたまま駅窓口に行って訪ねるが、わかったことはフランス行きの列車は止まっていて、18:00と19:40くらいしかないという。その時間にリヨンに着いてもどちらにしてもナント行きには乗れないし、果たしてナント行き自体も走っているか定かではないのでとりあえずRhinoへ戻ることに。ユーロしかもっていなかったが、タクシーの運転手に聞くと大丈夫だという。20フランを14ユーロで計算して払う。

 中のドアをノックするが反応がなく。もう何回かノックするとディオニが開けてくれた。事情を説明するとノープロブレム、何泊でも泊まってくれといわんばかりのノリで再び歓迎してくれた。イヴァン、レティシアもいた。とりあえず何か食べさせてもらい、少し休むことに。ディオニにコンピュータでストのことなどを調べてもらうがよくわからない。(ナント公演のオーガナイザーの)ジュリアン・オタビにはとりあえずレンラクしなければならないのでApo33(ジュリアンが主宰するオーガニゼーション)に電話してみるが留守電になっていた。ミッシェル(前出。在メッス、メインオーガナイザー)にも電話してみるとナントには行かない方がいいのではないかといっていた。行ったところで今度はグルノーブルへ帰ってこられなくなることになるかもしれないからだ。最終的にはナントに連絡は取れ、とりあえず様子見ということに。明日またトライしてみるとメールを打つ。

 さて、夜はレティ、ディオニ、イヴァンとシクストのレコードショップに行くことに。レコードショップは日曜と木曜の20時~24時にOPENしている。ミシェルに先にレンラクをとらなくてはならず、彼は19時から21時まで不在なので、19時前か21時すぎに電話をくれと行っていたので21:45ごろ電話。ジュリアンの言ったところによると、明日駅へ行ってみて、リヨンに行くことができればそこに泊まり、列車があればナントへ行くということにしようかと思ったと伝えた。

 その後シクストの店へ。一人お客さんがいて、彼のやっているラジオのことを話してくれWEBのアドレスをくれた。店は2年半前にマングースでライブをやったスクワットの中にあり、4年位営業しているというので前もあったのだろうが、気が付かなかった。とてもいい感じの店でやはりジュネーヴでこの系統の音楽CD、レコードなどを扱っているのはここくらいなものだろうか、レティシアたちはビールを飲んでくつろいでいる。

 明日出発すればシクストとは会えないのでレコード、CDを一通り見てから彼にあいさつをする。本当にいい人だ。ここにはまた来たいと思った。Rhinoまで夜の散歩、それにしても明日列車はどうなっているかわからない。


6月9日(月) ジュネーヴ

 ミシェルの言っていたように、わかっているのは火曜日(10日)つまり明日は確実に大きなストライキがあり、フランス国内へ向けての列車はもちろんフランス国内でもほとんど移動はできないか制限されてしまうということになるだろう。いろいろざわざわしていたので10:30の列車が走っているかどうかわからないが荷物は置いたままディオニとレティシアと駅へトラムで行く。やはり今日もストは続いていて、18時と19:40くらいしかなさそう。ナントはあきらめてグルノーブルへ行くとしても、グルノーブルからリヨンまで車で迎えに来てもらうことになるかもしれず、それだったら最初からジュネーヴに来てもらうのもかわらないだろう。

 とりあえずバスもあるみたいなので駅から少し離れた長距離バスターミナルへ行ってみる。いろんな人が並んでいたのはレティシアによればみんな駅から流れてきた人たちだからという。バスの方は、フランスはまだ動いているということだろう。グルノーブルへは朝7時くらいに出て9:45に着くのが一本、直行であるということがわかった。両替があったので少しスイスフランをつくる。彼らに電話代等を払いたいからだ。国際電話(フランス)でしかもモバイルにかけているので。

 レティが外で何かやっていると思ったら証明写真を撮っていた。セルフで1スイスフラン(87円)は安い。結局、よくわからないが思い出に、3人分とる。一部は彼らにあげ、3人分もらう。


 Rhinoへ戻るのは旧市街を通り抜けて行った。石畳がいかにも旧市街という感じがする。ミシェルに電話してやっぱりナントはキャンセルすることに決め、ジュリアンにそのことを伝える。彼も今回のストのことはわかっているので承知してくれた。非常に残念だが仕方が無い。送ってもらったチケットは払い戻しをしてもらうため、後で彼に送ることになるので送り先をメールしてくれと頼む。そうなると今度はグルノーブルに連絡して誰か迎えに来てもらわなければならない。ジェロームに連絡をとりティエリーに来てもらうことになった。ティエリーがスイス・フランスの国境まで車で来てくれる段取りになる。彼のパスポートは期限が切れていてスイス国内まで入れないので国境で待ち合わせということになった。

 明日の16:00ごろになるというのでレティシアたちがトラムでそこまで送ってくれることになる。このあとメールチェックしたり、食事、コーヒーetc.で過ごす。ディオニはシクストをコーヒーに誘おうとしたが、さすがにシクストも疲れているらしく、来ないみたいだ。電話で少しストのことなどを話す。
特にこの夜は何事もなく寝た。明日はいよいよジュネーヴを離れる。